も知れない。然し兎《と》にも角《かく》にも、私は、私の現在の精神状態で、嘘でないと思うことを書こうと欲して、紙面に向って居るのである。
私がこれから読者に伝えようとする話は、実はポオの「黒猫」の内容に頗《すこぶ》る似通って居る。私の話では、黒猫の代りに犬が中心となって居て、事件の起り方に甚《はなは》だ似《にか》よった所がある。だから、読者はことによると「黒猫」を模倣した虚偽の物語だと判断されるかも知れない。けれど、私は、そう判断されても少しもかまわない。かまわないどころか、むしろ、「黒猫」の模倣だといわるれば、却《かえ》って私にとって、それに越した幸福はないのである。何となれば、私の拙《つたな》い文章は、巨匠のそれに比して、あまりにも見すぼらしいものであるからである。
私は伊予の国の片田舎に生れた。読者は多分四国の犬神《いぬがみ》、九州の蛇神《へびがみ》の伝説を御承知であろうと思うが、私も実は犬神の家に生れたのである。犬神の家のものは、犬神の家のものと結婚しなければ家が断絶するとか、犬神の家のものが、普通の家のものと結婚すると、夫婦が非業の死を遂げるとかいう迷信があって、私の両親は
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