のは、彼女の舌が犬の舌のようにざらざらして居たからである。恐らく彼女は、つい今しがた迄、泥を食べて居たために、舌がざらついたのであろうが、その時はもうそんなことを考える暇はなく、ただもう彼女が犬だという思いで一ぱいになった。
力をこめて、私が彼女を引き離すと、彼女はにやり[#「にやり」に傍点]と笑ったが、その時彼女の口元が三|寸《ずん》ほど前へのびて来て、犬そっくりの口元になった。
火鉢《ひばち》に突き立ててあった裁縫用の鏝《こて》をつかむが早いか、私は力をこめて、彼女の額に打ち下した。その途端、血のようなものが、ぱっと飛び出したようであるが、不思議にも血は流れ出ず、彼女が一言もいわずに仰向きにどたりとたおれると、始めて額の疵《きず》からどす黒い血が畳の上へ流れ出た。
はっと我にかえって、よく見ると彼女の顔はいつもの彼女の顔である。死んだ人間の顔に外ならない。私は私の早まった行為をくやむ傍《かたわ》ら、不思議にも安心に似たような気分が湧き、同時にまた幾分か理性が働きかけたようにも思った。
私は彼女の死体を風呂桶の中へ運んで蓋《ふた》をし、それから座敷兼茶の間へ戻ると、驚いたこと
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