ごろになって彼女はなまぐさい汁のかかった泥を一層好んで喰うようになった。やっぱり妊娠ではない犬の祟だ。いや、彼女自身が犬なのだ。彼女は私の身を滅ぼすために魔界から遣わされた犬だ。こう思うと、私はだんだん、彼女に近づくことさえ怖くなり、後には彼女の存在をも呪うようになった。彼女は相も変らず茶の間に閉じこもり、「金毘羅大神」の額の下で、火鉢のそばで針仕事をして居た。
 ある晩私が、無闇に酒をのみ、その夜に限って常になく酔って帰ると、彼女は白い布《きれ》で何か作って居たが、私が傍へ行くと、つと、それを後ろにかくした。
「何だい、それは?」
 こう言って、私は彼女にとびかかり乍ら、そのものを彼女の手から奪い取り、一目見るなり思わずも落してしまった。それは玩具《おもちゃ》の犬であった。
 私はぎょっとした。
「なぜこんなものを作るのだ!」
「私近頃、犬の玩具が好きになったのよ。それも無理はないわ、私は戌《いぬ》年の生れだもの。あらなぜそんな怖い顔するの?」
 こう言い乍ら、彼女は私の機嫌を取るために例の如く私にしがみついて、私の頬をなめた。その時私は常になくぞっ[#「ぞっ」に傍点]とした。という
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