私が狂犬に噛まれてから、犬の血に変化したのかもとよりわかろう筈はないが、自分の身体に犬の血がめぐって居る! こう思うだけでも、大ていの人の精神を異常ならしめるに十分である。今、こうして、多少、精神が落ついて見れば、あの時医師が大発見をしたと言ったのは、別の意味であったかも知れぬが、その時の私に、どうして、あの実験室の中へはいって、自分の血の反応を見る気が起ろう。私はその時からひたすらに、如何《いか》にもして自分の汚れた血を、人間の血に浄《きよ》めもどしたいと思った。然し、医者でない私に何の施しようがあろう。私の講じ得《う》る唯一の手段は、酒の量を増すことであった。
私は痛飲した。家に居ても、外出先でも、たえず酒につかって居た。始めの間は、酒を多量に飲むと、不思議にも私の不安は一掃され、と同時に、私の血が浄められて行くように思った。ところが日を経《ふ》るに従って、酒も最早《もはや》十分その効力をあらわすことが出来なかった。そして酒の効力が無くなって、最早私の血を浄める手段が無いと思うと、私の血は、前よりも倍の速度で汚れて行くかのように思われた。
彼女は相も変らず灰をなめ泥を喰った。近
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