で砂をいじって遊んだものである。
然《しか》し、生長すると共に二人は当然はなればなれになった。良雄は名古屋の中学校に通うようになり、あさ子は一人ぎりの父のかぼそい商売を手伝って、まめまめしく働いて家にとどまった。たまたま良雄が休暇に帰省しても二人はただ、時候の挨拶を取りかわすぐらいのものであった。
ところが良雄が中学を卒業して東京に遊学するようになってから、良雄のあさ子に対する態度は今迄のように無頓着なものではなくなった。ことに良雄は東京で悪友に誘われて遊里《ゆうり》に出入りすることを覚えたのであるから、それでなくてさえ、いわゆる青春の血に燃え易い時期のこととて、初心《うぶ》なあさ子の美しい姿が、どんなに彼の心を動かしたかは想像するに難くなかった。そうして、良雄の情熱の力がはげしくて、あさ子を征服したのか、或はあさ子もそれとなく良雄に思いを寄せて居たのか、二人は遂に人目をしのぶ仲となったのである。
今から思えば良雄の恋には始めから不純な分子が沢山含まれて居《お》ったのに反し、あさ子の恋は純潔そのものであった。さればこそ、その純潔な恋、一たび破綻を来たした時、あさ子の一念は徹底的に良雄に祟るに至ったのである。
[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]
恋が屡々《しばしば》恐ろしい結末を齎《もた》らすものであることは、古往今来《こおうこんらい》その例に乏しくないが、良雄とあさ子との恋仲は、あさ子の突然な失明によって、果敢《はか》なくも、良雄の方から、無理やりに結末がつけられたのである。といってしまえば、読者諸君は、あさ子に対してさほど深い同情の心を抱かれないであろうが、あさ子の失明が、実は良雄の悪疾《あくしつ》に感染しての結果であると知られたならば、諸君は定めし、あさ子を捨てた良雄をにくまれるにちがいない。ましてあさ子の身になってみれば、どんなにか悲しいことであろう。生れもつかぬ盲目《めくら》にされた上、弊履《へいり》のごとく捨てられては、立つ瀬も浮ぶ瀬もあったものではない。
「お父《とっ》さん、わたしどうしよう?」
彼女は毎日、こういっては、泣いて父親に訴えるのであった。わが子の美しかった容貌が、怖ろしくも変化した姿を見るさえ苦しいのに、まして、頼りとする一人娘が片輪者となって、この先長く、反対《あべこべ》に世話をしてやらねばならなくなったことを思うと、父
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