たしの想像をお話ししてみましょうか。すなわちわたしはこう想像したのです。初め三回は単なるマラリアの発作で、四回めのみが亜砒酸中毒を合併したのであると。わかりましたか。そうすると、だれかが初め三回の発作を利用し、四回めに亜砒酸を患者に与え毒殺し、罪を健吉くんに帰するように計画をしたのではないかという考えが浮かんできます。したがって、その人は健吉くんに恨みを抱いているか、または健吉くんを亡きものにして利益を得ようとする者でなくてはなりません。そこで当然考えられることは、二男の保一くんのその日の行動であります」
 さっきから検事の言葉を異様の緊張をもって聞いていたらしい山本医師は、この時、ほっと安心したような様子をした。
「すでに申し上げたとおり」
 と、検事は山本医師を流し目に見て言葉を続けた。
「二男の保一くんは久しく奥田家の出入りを禁じられていたのですが、令嬢からの手紙によって、兄の行動と母の病気とがなんとなく関係のあるらしいことを知り、二十九日の朝、兄が出かけたすぐあとへ忍び込んだのでした。その時、保一くんはどういう心をもって訪ねてきたのでしょうか。親子の愛情によって、母を保護するために来たのでしょうか。それとも他に目的があったのでしょうか。この点は非常にデリケートな問題です。母は保一くんが女と手を切らぬ間は決して家へ入れないとがんばっていました。保一くんは売薬店を開いていて、辛うじて生活していけるかいけぬの程度でありまして、ときどき兄の健吉くんに無心を言ったらしいですが、最近はかなりに困っていた様子です。そこへ妹さんから、母の病気と兄の行動について詳しい通知があったのです。俗に、“背に腹は代えられぬ”という言葉がありますが、保一くんが令嬢の手紙を読んだとき、そうした心にならなかったとだれが保証し得ましょう。すなわち母を亡きものにし、兄に毒殺の嫌疑をかけられれば保一くんは当然奥田家の財産を貰《もら》って、大手を振って歩くことができます。保一くんは幼時より不良性を帯びていました。そうして、最近は母を恨むべき境遇に置かれていました。兄とは義理の仲である。いや、たとい肉親の兄であっても、背に腹は代えられぬ。これはひとつこのまたとない機会を利用して、危険ではあるが一芝居打ってみようと考えつかなかったとはだれが保証し得ましょう。不良性を帯びた人は、悪を行う知恵は鋭敏に働くも
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