つ当を得たものはなかった。
 すると、ヘララ事件があってから丁度一週間目に、警察は更に第四の事件に接したのである。

       四

 ある日、ブロンクス区探偵局の主任プライスがヘララ事件に就て、部下の探偵たちと、鳩首協議していると、捜査に出ていた一人の部下が、あわただしく駈け込んで来た。
「探偵長、また爆弾事件がありました」
「ほう? 何処に?」
「丁度ヘララ事件のあった同じ街です」
「え?」
「ヘララのアパートメントから半丁ばかり南のクロッツという人の家です」
「ふむ」
「昨晩何でもヘンリーという一人息子が大へんな怪我をしてフォーダム病院へ運ばれて行ったということでしたから、隣りの人たちに爆発の音を聞いたかと訊ねましたが、何も聞かないということでしたけれど、念の為に病院へ立寄って調べて見ますと、丁度、手術を終った所だといって、その外科医があってくれました」
「どんな様子だったね?」
「医者の話によりますと、患者は右腕を失って、右の胸に大きな孔《あな》が出来ていたそうで、傷の中から、鉛や鉄の弾丸が出たといいます」
「やっぱり菓子箱を受取ったのだろうね?」
「いえ、家族のものは、ただ過失だといったそうです」
「患者はどんな男かね?」
「父親と一しょに区役所につとめて、製図をやっているそうですが、父親はもう五十年も勤め、息子も十七年から通っているそうです。人嫌いな臆病な性質《たち》で、いつも家の中に引き籠《こも》って、あまり外出もしないおとなしい男だそうです」
「そうか、とにかく、その家を検べて来よう」
 プライス探偵は二人の部下と共にフルトン街へ来た。クロッツ家を訪うと、女中が出て来て、皆さんが留守ですからといって拒絶したが、警察からだときいて、已《や》むなくプライスたちの自由に任せた。
「ヘンリーさんは昨晩どうして怪我《けが》をしたのかね?」と探偵は室内の女中に訊ねた。
「何でも、薬品が爆発したそうで、旦那様と奥さまとで一時間ばかり手当をなさいましたが、どうしても血がとまらぬので、病人運搬車をよびました」
 ヘンリーの居間はやはり惨憺たる光景を呈していた。家具は大方壊れ、壁には大きな孔があいていた。それにも拘わらず、隣の人たちが爆発の音を聞かなかったのは不思議であった。
 器物の破片の中に混って、数種の薬品を入れた罎が無事に横わっていた。見るとそれには、いずれも火薬製造に用うる薬品が入っていて、なおその傍《そば》には銅線の玉や、包装に用うる白い紙や、短かく切られた瓦斯《ガス》管があった。
 最後にプライスは、机の上にあったタイプライターで書かれた書類を取り上げた。一目見るなり彼は部下を顧みて言った。
「悪魔はとうとう自分を滅ぼしたよ」
 プライスは時を移さず病院を訪ね、主治医に事情を話してヘンリーを訊問した。ヘンリーは細長い顔をした、薄い唇を持った男で、女のようなやさしい声を出した。彼は非常に衰弱していたが、探偵の質問に対して、無煙火薬の発明に取りかかっていたのだと説明した。
 彼はウォーカー及びロザルスキーに贈られた爆弾については何も知らぬときっぱり答えた。
「瓦斯管の切ったのは何にするつもりですか」と探偵は訊ねた。
「あれはクロトナ公園で拾って持ち帰ったのです。小さく切ったのは、薬品をつめて、田舎へ行って、無煙火薬の実験をするつもりでした」
 探偵は一先ず訊問を打ちきって、探偵局に帰ると同時に、区役所に人を走らせて、ヘンリーの事務室のタイプライターを調べさせると、果して、それは、ブレスナン探偵が長い間捜し求めていたものであった。
 ここまでわかったとき、警察では数年前のクレチュカ事件とヘンリーとを結び付けた。それはブルックリンのジョン・クレチュカという男が、差出人不明の贈物を貰い、同じように負傷した事件である。爆発力は今回のほど強くはなかったが、クレチュカは重傷を負った。その当時警察ではクレチュカと喧嘩した男を犯人として逮捕したが、証拠不十分でその男は放免された。そこで、今回クレチュカを呼び寄せて訊いて見ると、果してヘンリーとも喧嘩したことのあることを思い出した。クレチュカもやはりヘンリーと同じ製図部に勤めていたが、あの虫も殺さぬような顔をしているヘンリーの仕業とは夢にも思わなかったと語った。
 こうしてヘンリーに対する証拠は段々《だんだん》集って来た。そこで探偵は更に一歩を進めて、ヘンリーとウォーカーとの関係を調べた。その結果、ヘンリーはウォーカーの家にしばしば出入りしたことがわかり、且つ、ヘンリーは臆病どころか、随分大胆な、常軌を逸したことをするので、「きじるし[#「きじるし」に傍点]のヘンリー」と綽名されていることさえもわかった。なおよく調べて見ると、彼は、前に書いた十五歳の少女ヴァイオレットと馴染《なじみ》で
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