ることが出来ぬと信じていたので、夫人に依頼されたとき、そのことを告げて一応辞退したが、夫人は、「良人《おっと》を犬死させたくはありません。出来ないまでも、とにかく手をつけて見て下さい」と泣かんばかりに懇願したので、松島氏は熟考の結果、
「それでは、私が従来試みたことのない探偵方法を行《や》って見ますから、その取計らいをして下さいますか?」と言った。
「どんなことでも出来ることなら致します」と夫人はうれしそうに答えた。
 松島氏のいう所によると、兇行後一ヶ月を経た今日現場捜査をしたところが何も見つかる訳がないから、それよりも当夜の気分をもう一度発生せしめて、その気分によって判断を下したい。それには当夜集った客のうち、日本人の男子だけでよいから、適当な夜を選んで、三十分程官邸へ集ってほしい。しかもそれは極《ごく》内密にしてほしいというのであった。
 夫人はそれくらいのことならば訳なく出来ますと答えて、松島氏の要求を首相に相談すると、首相も大いに同情して、その手順を追ったので、いよいよ十月下旬のある夜、松島氏の探偵実験が、外相官邸で行われることになったのである。D外相の死後、首相が外相を兼任
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