、死に瀕している人の頼みを拒絶するのは残酷であると考えて、その言葉の意味を告げようと思った。
「私は今回の事件の経過を観察したとき、尋常一様の暗殺者の仕業ではないと思いました。犯罪が極めて無雑作に行われておりながら、犯人の見つからぬのは、その無雑作が、深く計画された無雑作であると思いました。即ち犯人は犯罪芸術家としての天才です。天才の作品に向っては、批評家たる探偵は、ただ驚嘆の言葉を発するより外ありません」
「でも、あなたは、この事件に大きな手ぬかりがあるというではありませんか?」
「そうです。しかし、その言葉は、事件を批評した言葉ではなくて、むしろ事件に驚嘆した言葉です」
総監は不審そうな顔をした。
「こう申すと、或はおわかりにならぬかも知れません。つまり当夜の事情を再演した結果、犯人の天才に驚いて…………」
「早くその手ぬかりをきかせて下さい。苦しくなったから…………」
「つまり、私はこの位完全な事件でありながら、犯人の知れぬのは大きな手ぬかりだと申したのです…………」
総監はにこりと笑って、さもさも安心したというような顔付をして眼を塞《ふさ》いだ。その時、松島氏はその顔色を見
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