を通るたんびにいつも顔色を変え大声を挙げて泣き叫んだ。と言うのは、その広間のドアーの上に、かのギリシャ神話の中のシビルの絵が額にして掛けてあったからで、別に何も怕《こわ》いところはないのに彼女だけは、いわば虫の好かぬとでも言うのか、その絵を限りなく恐れたのである。
 はじめ人々は彼女がただ子供心に何の意味もなく恐れるのであろうと、いろいろになだめても見たが、彼女のその額に対する恐怖は無くなるどころか年を追うて激しくなって行った。で、仕舞いには彼女はその広間を通らぬようにして雨が降っても雪が降っても、伯爵の居間へ往復する時は、必ず庭を通るのであった。
 そういう状態が凡そ十年も続いているうちに、彼女は良縁があって養子を迎えることになった。そうしてその結婚披露が伯爵の居城で華々しく行われた。夕方になって彼女は幸福そうに多くの客に囲繞《とりかこ》まれて、はしゃぎ廻っていたが、何を思ったか彼女はふと十年も通らぬ広間へ這入《はい》って見たくなった。多分大勢の人々と一緒であるから心強く思ったことであろう。先登《せんとう》に立ってつかつかと広間のドアーを開けて薄暗い部屋の中へ進んだ。
 ところが一歩
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