て来たけれど、二三日非常に胸が苦しくなって、急に身体が衰弱して来たから、若しやお腹の子に影響しはしないかと心配になったから、診察をお願いしたのだということを語りました。
「先生、お腹の子は無事でしょうか。無事に生れてくれるでしょうか」と、夫人は仰向のままうるんだ眼をして、私の顔を心配そうに見つめながら訊ねました。
「お子さんは無事に育って居ます。もう九ヶ月目ですから、たとえ今日お生になったとしても、たしかに無事にお育ちになるだろうと思います」と、私は、母体の危険を予想しながらも、その際、そう答えるより外はありませんでした。
「ああうれしい。本当にそうですか」と、夫人はにっこりほほ笑みました。然し痩せこけた頬にみなぎったその笑いは、むしろ、悪魔の笑いかと思われるような凄味を持って居りました。
 夫人はそれから、何思ったか、暫く横を向いて黙って居ましたが、急に両眼から、涙が溢れ、頬をつたわって、枕の白い布を湿《うる》おしました。私は見るに堪えられなくなって、顔をそむけて居ますと、やがて夫人は傍《そば》に居た看護婦に、用があってよぶまで別室に退いて居るように命じました。
 看護婦が去ると、夫
前へ 次へ
全18ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング