か」
一同はもとより大に賛成して、口々にW氏を促がしました。W氏ははじめ少しく当惑したらしく見えましたが、暫《しば》らくの間、真面目顔になって考え、それから言いました。
「そうですねえ。色々変った経験もしましたが、これという取りたてて申上げるほどのことはありません。然し、たった一つだけ、深い感動を与えられた事件があります。医師は他人の秘密を話してはなりませんけれど、別にこの場で御話しても差障りもないようですし、事件の主人公は死んで居るんですから、申上げることに致しましょう。この話は、ちょうど女の復讐という話題にふさわしいものであると思います」
私たち産婦人科医として一番困ることには妊娠した婦人の身体が危険に瀕した場合、胎児を犠牲とするか、或は母親に冒険をさせて生ませるかを決定しなければならぬ時です。例えば結核患者が妊娠した場合、その婦人に分娩させるということは母体にとって甚だ危険でありますから、私たちは、通常妊娠の人工的中絶即ち人工流産をすすめるのであります。然し、時として、妊婦は、自分の身体を犠牲としてもかまわぬから、胎児を救いたいと希望します。夫婦の間に久しく子供がなく、たま
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