もしれない。そう思うと、私は藍色の皮膚をもち、鬼のような顔をした赤ん坊を想像して、全身の神経が痺れるように感じました。
私は何と答えてよいかに迷いました。前にも申しましたとおり、又、夫人自身の言葉からも察せられるごとく、夫人はその操行の点に兎角の非難のあった人であります。ですから良人が他に女をこしらえたことを、これほどまでに怨むのは、少しエゴイスチック過ぎはしないかと思いました。然し、申すまでもなく、人間の感情は、数理的に判断することが出来ません。そうして、また医師としては、そういう心は須《すべか》らく撤回してしまいなさいと、立ち入って忠告することも出来かねます。又たとえ、忠告したところが、すなおにきいてもらえる筈がありません。けれども、少し冷静になって考えて見ますと、あの北斎の藍摺の鬼の印象が、夫人の希望どおりに赤ん坊にあらわれるということは、先ず先ず無いといって差支えあるまいから、患者がこれほどに分娩を希望するならば、よろしく、患者をして無事にお産をせしめるように力を尽すべきであろうと私は考えたのであります。
「先生、お願いです。どうぞ、先生のお力で無事にこの子を産ませて下さい」
前へ
次へ
全18ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング