こう叫んだかと思うと、木村さんは後をも見ずにあたふた駆けだしていきました。
「兄さん僕らも木村さんの家《うち》へ行こう」
 私たちが木村さんの家の前までゆくと、木村さんは中から駆けだしてきました。
「俊夫さん、竹内は土瓶を持って帰ったそうです。早く何とかしてください!」
「おじさん[#「おじさん」に傍点]、あわてなくてもよい、兄さん、自動車を呼んできてください」
 と俊夫君は落ち着いて申しました。

   化学実験室

 私たち三人は、私の呼んできた自動車に乗って、芝区新堀町の竹内さん――私はこれから竹内と呼びます――の下宿へ急ぎました。小春日和《こはるびより》の暖かさに沿道の樹々の色も美しく輝いていましたが、木村さんは先へ心が急《せ》くと見えて、あまり口をききませんでした。
 自動車が目的の場所へ着くと、木村さんは逃げだすように降りて、竹内の下宿している八百屋へとび込んでゆきました。私も続いて降りようとすると、俊夫君は私の腕をかたく掴んで言いました。
「兄さん降りるまでもないよ、竹内はもういない。いまに木村のおじさんが、顔色を変えて戻ってくるから待っていなさい」
 しばらくする
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