てありました。
 俊夫君は探偵鞄の中から拡大鏡を出して、まず床の上を検《しら》べました。けれど、別に手掛かりになるような足跡などは一つもなかったと見えまして、やがて、窓の中側に落ちている硝子片を熱心に検べ、硝子の割れ穴の大きさをはかりました。それから硝子戸をあけて格子を見ました。果たしてそのうちの二本が鑢《やすり》で切られ、左右へ折りまげてありました。
 それから俊夫君は閾《しきい》を検べ、さらに、懐中電灯を取りだして、戸外を照らしました。地面には芝生がいっぱいかぶさっていまして、硝子の破片はその上にも落ちていました。俊夫君は、何思ったか、しばらくの間その破片をじっと見つめておりました。
「なかなか気のきいた泥棒だ」
 と、俊夫君は嘲《あざけ》るように申しました。俊夫君がそういう言い方をするときは、必ず反対の意味を持っております。すなわち「気の利いた泥棒」というのは、「間の抜けた泥棒」という意味にとって差し支えありません。
 それから、俊夫君は細工台の上の物や、細工台についている引き出しの中のものをいちいち丁寧に検《しら》べました。次に棚の上のものも同様の熱心をもって検べ、箱らしいものはみな蓋を取って中を検べました。まるで白金が工場のどこかに隠されてでもあるかのように、いわば血眼《ちまなこ》になって捜しました。最後に西側の下の棚の上に、盆にのせた土瓶と茶碗とがあるのを見て、俊夫君は木村さんに尋ねました。
「このお茶は誰が飲むのですか」
「私ですよ」
 とこのとき工場へ入ってきた竹内さんが申しました。その口のきき方がいかにも俊夫君を馬鹿にしているような口調でして、私もいささか腹がたちました。
 俊夫君は土瓶の蓋を取って見ました。
「竹内さんが飲むお茶だけに、中々うまそうな色をしている」
 と、俊夫君も負けてはいません。ずいぶん皮肉な言い方をした。

 工場の中の検査を終わった俊夫君は、居間へ来てから木村さんに申しました。
「工場の検査はこれですみましたよ」
「手掛かりはありましたか?」
 と木村さんは俊夫君の顔をのぞきこんで尋ねました。
「まだ大事な検査が残っているから、それがすまなければ何とも言えません」
「それは何ですか」
「木村さんと竹内さんの身体検査です」
「え! わたしらがとったと思うんですか」
「何とも思わぬけれど、検査には念に念を入れておかねばなりませんよ」
「だって、私が盗むわけもないし、竹内だってもう半年もいて、正直なことは保証付きの人間ですから、それはやられるまでもないでしょう」
 俊夫君はむっとして言いました。
「身体検査がいやなら、僕はこの事件から手を引きます。警察の人にやってもらってください」
 木村さんも、竹内さんも仕方なしに俊夫君に身体検査を受けました。ことに竹内さんは嫌な顔をしました。すると俊夫君は意地悪くも、馬鹿丁寧に、竹内さんの洋服のポケットをいちいち調べました。しかし白金の塊は木村さんからも竹内さんからも出てきはしませんでした。
「これで身体《からだ》の外側の検査が済んだから、今度は中側です」
「え?」
 と言って木村さんはびっくりしました。
「中側の検査とはどういうことです?」
「白金の塊は細かにすれば飲むことができますよ。だから身体の中へ隠すことができるのです」
 木村さんはあきれたような顔をしましたが、
「すると、腹をたち割って検《しら》べるのですか」
 と冗談半分に言いました。
「木村のおじさん!」
 と俊夫君は真面目な顔をして言いました。
「冗談はやめてもらいましょう。僕が身体《からだ》の中を見たいと思うのは、見なければならぬ理由があるからです。これから駿河台の岡島先生のところへ行って、二人の身体をエックス光線でみてもらいますから、すぐ自動車を用意してください」
 俊夫君の言葉がいかにもハキハキしていたので、木村さんは何も言わずにおばさんを近所の自動車屋へ走らせました。私は俊夫君の命令で岡島先生へ電話をかけました。まだ夜が明けぬ前でしたが、先生はいつ来てもよいと快く返事をしてくださいました。岡島先生は医学博士で、俊夫君が先生について医学を修めたときに我が子のように可愛がって教えてくださった人で、俊夫君のことなら、どんな難題でも聞いてくださるのです。だから、俊夫君は先生のご都合を聞かぬ先に自動車を用意させたのです。
 やがて自動車がきましたので、私たち四人は人通りの少ない黎明《れいめい》の街を駿河台さして走りました。四人はとかく黙りがちでしたが、中でも竹内さんはにが虫をつぶしたような顔をしていました。
 私は自動車にゆられながらいろいろ考えました。俊夫君が申しましたように、エックス光線にまでかけて検査するには、それだけの理由がなくてはなりません。すると木村さんか竹内さんかどちらか[#
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