」
と私たち二人は顔を見合わせて同時に叫びました。
「犯人は誰です?」
と木村さんはいきまき[#「いきまき」に傍点]ました。
「まあそう、気を揉まんでもよろしい。それをお話しするまえに、おじさんに振る舞いたいお茶がある」
「お茶ですって? お茶どころではないです。早く犯人の名を聞かせてください」
俊夫君はそれに返事もせずに、薬品棚から一つの罎《びん》を取り、それを傾けて、中の液をビーカーの中へ注ぎました。それから、細い白金線を小さく切って、木村さんの眼の前に持ってきました。
「木村のおじさん、このお茶はちょっと変わったもので、不思議な芸当をやります。いいですか、この中へこれを入れますよ」
こう言って俊夫君が白金線の小片を液体の中へ入れると、白金はかすかな音をたてて、見る間にとけてしまいました。
「王水《おうすい》〔[#ここから割り注]塩酸と硝酸との混合物[#ここで割り注終わり]〕ですか?」
と木村さんは驚いて申しました。
「そうです。けれど竹内さんの飲むお茶はこれです」
「え? 何? ではあの竹内の土瓶の中は王水でしたか? あの中へ白金がとかされていたんですか? そりゃ大変!」
こう叫んだかと思うと、木村さんは後をも見ずにあたふた駆けだしていきました。
「兄さん僕らも木村さんの家《うち》へ行こう」
私たちが木村さんの家の前までゆくと、木村さんは中から駆けだしてきました。
「俊夫さん、竹内は土瓶を持って帰ったそうです。早く何とかしてください!」
「おじさん[#「おじさん」に傍点]、あわてなくてもよい、兄さん、自動車を呼んできてください」
と俊夫君は落ち着いて申しました。
化学実験室
私たち三人は、私の呼んできた自動車に乗って、芝区新堀町の竹内さん――私はこれから竹内と呼びます――の下宿へ急ぎました。小春日和《こはるびより》の暖かさに沿道の樹々の色も美しく輝いていましたが、木村さんは先へ心が急《せ》くと見えて、あまり口をききませんでした。
自動車が目的の場所へ着くと、木村さんは逃げだすように降りて、竹内の下宿している八百屋へとび込んでゆきました。私も続いて降りようとすると、俊夫君は私の腕をかたく掴んで言いました。
「兄さん降りるまでもないよ、竹内はもういない。いまに木村のおじさんが、顔色を変えて戻ってくるから待っていなさい」
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