私が立ちあがった時、俊夫君はおばさんに向かって言いました。
「おばさん、僕お腹がすいたから、買ってきたパンを工場で食べさせてもらいますよ。冷たいお茶はありませんか」
「あります。先刻、沸かしたのがもう冷めておりますよ」
警視庁には果たして小田刑事がおられました。小田さんは俊夫君とは大の仲よしで、俊夫君は小田さんのことを「Pのおじさん」と呼びます。Pは英語の Police(警察)の最初の文字だそうです。「Pのおじさん」という綽名《あだな》は小田さんは嫌いだそうですが、これまで度々俊夫君に手伝ってもらって手柄をされたので、俊夫君の言うことはけっして怒りません。
小田さんすなわち「Pのおじさん」は、俊夫君の手紙と聞いてさっそく開いて見られましたが、その顔は急に輝きました。
「よろしい、万事こちらで取り計らうと、俊夫君に話してくれたまえ」
と言われました。
私一人、俊夫君の事務室兼実験室の中に寂しく待っていると、九時少し過ぎに木村さんが訪ねてきました。木村さんは大切な白金の紛失のために気を弱らせたと見えて、いつもとは違ってすこぶる元気のない顔をしていました。
「大野さん、白金が明日の朝までに帰ってこぬと、私はどうしたらよいでしょうか」
と木村さんは私に向かって、いかにも心配そうな顔をして申しました。
「まあご心配なさいますな。俊夫君はきっと取りかえしてくれるでしょう」
「けれど俊夫さんは私や竹内ばかりにかまっていて、あんなエックス光線のようなむだ骨折りをさせたのですから、あの間に犯人はもう遠い所へ高飛びしてしまったにちがいないです」
私は、どう言って木村さんを慰めてよいかに迷ってしまって、黙ったままじっと考えこみました。
するとそこへ俊夫君が額に汗をにじませて帰ってきました。
「木村のおじさん、よく来てくれました。先刻は失礼しました。竹内さんはどうしましたか」
「竹内はいっしょに帰ってきてから間もなく、疲れたから、下宿でしばらく眠ってくると言って帰りました」
「竹内さんは怒っていたでしょう?」
「だって俊夫さんはあんな大袈裟なことをするのですもの。私は生まれて初めてエックス光線にかけられましたよ」
「あんなものを度々かけてもらうのはよくありません」
と俊夫君は皮肉を言いました。
「で、俊夫さんはもう犯人の見当はついたのですか」
「つきましたよ」
「え?
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