、私は若い時に人殺しをしたんです」
 彼はぎくり[#「ぎくり」に傍点]とした。
「ははは、旦那、少し肩の肉がかたくなりましたねえ。なに、そんなにびっくりなさることではありませんよ。今じゃ私もおとなしい人間です。まあ私のいうことをお聞き下さい」

 按摩は、それから彼が恋の敵《かたき》を殺すに至るまでのいきさつを凡《およ》そ一時間近くも話した。さすがの彼も、もう煙草どころではなく、段々話が進むにつれ、好奇心が恐怖に変って、いわば鷲につかまった雀《すずめ》が、鷲から懺悔話をきいて居るといったような為体《ていたらく》であった。

「……とうとう私はある晩、奴を森の中へおびき出しましたよ。いよいよの時になって、私は奴を一|歩《あし》先へあるかせ、うしろから右の頸筋《くびすじ》を、短刀でぐさと突きました。人なみはずれて背の高い奴でしたから、突いた拍子に、頸動脈から、私の右の眼にパッと暖かいものがかかったかと思うと、焼けるように眼が痛み出したんです。恋敵の血という奴は、実に恐しい力があるものですねえ。私は、奴の死骸も、短刀もすてて、右の眼を押えたまま、一目散に町の方へ走って来たんですが、どうにもこ
前へ 次へ
全9ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング