むらむらと起こってきました。この紳士はきっと何か違った経験をしたことがあるに違いない。女の身体に絵を描いたことが何か意外な悲劇を起こしたに違いない。こう思うと、わたしはその事情が訊《き》いてみたくてなりませんでした。町田もちょうどわたしと同じような心持ちになったとみえて、
「意外な悲劇というのは、どんなことですか?」
 と訊ねました。
 すると紳士は、
「いや、こんな妙なことを言い出して、定めしあなたがたに変な思いをさせたことでしょう。実はわたし自身の経験から申し上げたのでして、言い出した以上、一通りわたしの経験を申し上げることにしましょう」
 と言って、次のような話を語りはじめました。その時、あたりはもうすっかり闇《やみ》に包まれていましたが、紳士は灯《あかり》を点《つ》けようともしませんでした。
 わたしはいまでこそなにもやらないで、こうしてぶらぶらしておりますが、実はあなたがたの先輩なのですよ。明治××年にT医科大学を卒業して産婦人科の教室に半年あまり厄介になり、両親の希望によって、すこぶる未熟な腕を持ちながら日本橋のK町に病院を建てて診察に従事しました。わたしも学生時代には、あ
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