ようと、もがくであろうから――けれども、手記を完成して置かないことは気がかりになるから、僕は書き続けるのだ。
 思えば、君と僕とは、同じ病院を経営してこれまで、何の波瀾もなく暮して来た。だから、僕たちが三人一しょに死んだら、さだめし世間の人たちは驚くであろう。
 もとより、この手記を見れば、何のために、僕たちが死んだかはすぐわかる。けれども、ここに、たった一つだけ、永久にわからぬ事情が残るであろう。
 というのは、この手記を書いたのが、外科の加藤か、内科の加藤かということである。それほど僕たち二人の筆跡はよく似ている、というよりも全く同じだといってよいからだ。もし恒子さん――主任看護婦の恒子さんが生きて居《お》れば、失恋者がどちらであるかはたちどころにわかるが、その唯一の判断者たる恒子さんも共に死ぬのだから、もはや生きている誰にもわかりようがない。これが、せめてもの、失恋者たる僕の慰めだ。
 思うに、君と僕とは、全く運命を共にすべくこの世に生れて来たといってよい。何となれば、僕たちは、世にもよく似た双生児だから。



底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、
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