ために自殺するものであるかを知らないというものもある。然《しか》し、僕は僕が何のために死ぬかということを、はっきり知って居るつもりだ。
それのみか、僕が何のために死ぬかということを、君も恐らく、僕と同じようにはっきり知っているであろうと思う。して見れば、何もわざわざこの手記をしたためる必要はない訳であるが、いざ自殺するとなったら、僕も旧友へ手記を送りたくなったのだ。この点は、某文士を模倣したといわれても僕は決して不服ではない。
加藤君、
いうまでもなく、僕の自殺の動機は失恋だ。失恋が僕の自殺の動機の全部だ。決して動機に至る道程を示しているだけではない。失恋しなければ僕は自殺しない。失恋したから僕は自殺するのだ。誰がどんなに解釈しようが僕の自殺の動機を失恋以外のものにもって行くことは出来ないのだ。
このことは、僕に対して得恋者《とくれんしゃ》たる君にもはっきりわかることであろうと思う。ただ得恋者は、何ゆえに失恋者が自殺する気になるかという、その心持ちをはっきり理解し得ないと思う。失恋したら自分も自殺するかも知れぬとは誰でも考えることだが、一方において、なにも自殺するにはおよばぬと
前へ
次へ
全13ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング