「低級なもの」"inferior stuff" のように考える人が少くなかったようである。そういう考えは日本ばかりでなく、欧米にもあったようであるが、何のために、そういう考えが生じたかは一寸判断がつかない。或は探偵小説という名前から来る聯想がいけないかもしれない。或は又探偵小説作家が、真剣になって探偵小説を書かなかった為かもしれない。しかし、エドガア・アラン・ポオの作品を読んで、それを低級だといい得る人はあるまいから、探偵小説に対するそうした先入見はよろしく取り払って貰いたいと思う。しかしもし、現代の日本人で、そういう偏見を懐いている人があったら、すべからく、エドガア・アラン・ポオの発音をそのまま取ってペンネームとした江戸川乱歩の作品を読むべきである。さすれば、自ら、そういう偏見は消えてしまうであろう。そして、私を驚かせ、喜ばせ、遂には日本人として一種の誇りを感ぜしめたこれらの作品は、恐らく、凡ての読者に私と同じ気持を起させるであろう。実際これらの作品に共通せる推理の鮮かさ、情味の豊かさ、構想の非凡さ、描写のこまやかさは、一寸普通の小説家の追従を許さぬところがある。
 明治二十年代には翻案の探偵小説がかなり盛んに世に行われ、ここ数年間、翻訳探偵小説が大いに読まれるようになり、それと同時にぼつぼつ創作家が出るようになり、遂にわが江戸川乱歩兄が生れるに至った。すべて何ものが生れるにも、その機運が熟しなければならぬけれど、思えば三十年あまりもかかって、ようやく創作探偵小説に一人の明星を生み得たとは、随分熟し方ののろい機運であったといわねばならない。しかし、この明星をかりに宵の明星とすれば、追々その他の星のあらわれてくる機運となったと見ることも出来る。いずれにしても江戸川兄の出現はあらゆる意味に於て喜ばしい限りであり、しかも同兄は年歯僅に三十二、今後益々発展し生長せんとしているのである。まことに、エドガア・アラン・ポオが探偵小説の鼻祖であるとおり、わが江戸川乱歩は、日本近代探偵小説の鼻祖であって、従ってこの創作集は日本探偵小説界の一時期を画する尊いモニュメントということが出来るであろう。
[#地付き](『心理試験』、大正十四年七月、春陽堂)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
初出:「心理試験」春陽堂
   1925(大正14)年7月初版発行
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
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