果たさなかったが、従姉の家なら泊めてもくれるであろうと思って、彼は少しも気に懸けなかったのである。あくる日彼は平気で仕事に出かけ、昼飯を摂《と》りに帰って来たが、その時まだメリーが帰らぬときいて、始めて心配になり出したので、とりあえず、ドーニング夫人の許《もと》を訪ねると、意外にもメリーは昨日来なかったと聞いて吃驚《びっくり》仰天し、家に駈け戻って、母親に事情を告げた。それから人々は心配の程度を深めつつ彼女の帰宅を待ったが、とんと姿を見せなかったので警察に訴えて捜索して貰った。しかし一日と過ぎ二日と経っても彼女は帰らないのみか、どこに居るかということさえわからなかった。
 ところが八月二日になって、トリビューン紙にはじめて次の記事が載ったのである。
「戦慄すべき殺人事件。『美しい煙草屋の娘』として名高いロオジャース嬢は先週日曜日の朝、散歩して来ると、ナッソー街の自宅を出たが、劇場横町《シアーター・アレー》の角で待ち合せていた若い男と共に、ホボーケンにでも遊びに行くとてかバークレー街の方へ歩いて行った。その以後、消息がふっつりと絶えたので、家族朋友は大《おおい》に心配して、火曜日の新聞に
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