少しも明かにされてはいないのである。ことに、「だけど、自分はもう二度と家へは帰らないつもりだから――或はここ何週間かは家へ帰らないつもりだから――或はまた人に言えない或る用事をすます迄は帰らないつもりだから、自分にとっては、たっぷり時間の余裕をこさえることが何より肝腎なんだ」という、言葉に至っては、彼女が死体となってあらわれるに至る事情を説明するというよりも、むしろ、まだ何処かに生きておって、死体は彼女でないと説明するのに都合がいいくらいである。もっともこれは犯人が一人だとの推定を裏書きするための議論であるから已むを得ないことでもあろう。
 第一回の失踪を第二回の失踪即ち殺害と関係あるものと考えたポオの推定は、犯罪学的に見て頗る当を得ているのである。ところがポオは第一回の失踪と第二回の失踪との間の時日を夕刊新聞六月二十三日の記事(小説参照)によって、約三年半として推定を行っている。ポオは物語の始めに約五ヶ月と書いて、後に三年半として推定を行っているのは変である。マリーは煙草店に一年半ばかりしか居なかったので、三ヶ月半の書き違いかとも思えるけれど、「第一のたしかにわかっている駈落ちと、第
前へ 次へ
全34ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング