、彼が到着した時分にはすでに審問が始まっていたにちがいない。しかもこのことはトリビューン紙に出ているけれどもバーンスの記述の中にはクロムリンのことは一語も書かれていないのである。いずれにしてもクロムリンがゆっくり死体を見ることが出来なかったのは想像するに難くない。
 ところがポオは、クロムリンの鑑別に携《たずさわ》ったことを書いて後、死体の状態を記述して精細を極めている。「顔には黒血がにじんでいた。その血の中には、口から出た血も混っていた。ただの溺死者の場合に見られるような泡は見えず、細胞組織には変色はなかった。咽喉のまわりには擦過傷がついており、指の痕がのこっていた。両方の腕は胸の上に曲げられて剛直しており、右手はかたく握りしめ、左手は半ば開いていた。左の手頸《てくび》には、皮膚の擦りむけたあとが二すじ環状になって残っていた。それは、二本の縄でできたものか、或は一本の縄を二重に巻いて縛ったためにできたものかであることは明瞭だった。右の手頸の一部分もよほど皮膚が擦りむけており、それからひきつづいて右腕の背部一面に皮膚が擦りむけていたが、とりわけ、最もひどかったのは、肩胛骨《けんこうこつ
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