男と一しょだったという見証とがあったからである。無論前にも述べたごとく、これらの見証は頗る怪しいものであるが、仮りにそれを是認するならば、ポオの推定したように一人に殺されたとした方が理屈に合うようである。しかし当時の人達は格闘した形跡の発見を基として一団の人達に殺されたと信ずるものが多かったのである。ポオの文章の中に、
「まず手初めに検屍に立ちあった外科医の検案なるものが出鱈目《でたらめ》なものだということをちょっと言っておこう。それにはただこれだけのことを言っておけばよいのだ。あの外科医が下手人の数について発表している推定なるものが、パリーの第一流の解剖学者たちによって、不当な、全然根拠のないものだとして一笑に附せられているということをね」
とあるところを見ると、検屍に立ちあった医師までが犯人の多数説を建てたと見える。しかし、このことも、恐らく前に述べたようにポオの空想から生れた「事実」であろうと思われる。
そこで次に、ポオはこの世間の説を反駁するために、
「まあ、格闘の形跡なるものをよく考えて見よう。一体この形跡は何を証明するというんだと僕は訊ねるね。それは一団の悪漢のしわざであるということを証明しているのだが、むしろ、これは、一団の悪漢のしわざでないということを証明してるじゃないか。いいかね、相手はか弱い、全く抵抗力のない小娘だぜ。こんな小娘と、想像されているような悪漢の一団との間にどんな格闘が行われ得るかね。……二三の荒くれ男がだまって鷲づかみにしてしまやあ、それっきりだろうじゃないか。……これに反して、兇行者がただ一人であると想像すれば、その場合にのみはじめて明白な形跡をのこすような、はげしい格闘の行われたことが理解できるのだよ。次に、僕は例の遺留品が、そもそも発見された場所におき忘れてあったと言う事実そのことに疑いがあるということを言っといたが、こんな犯罪の証拠が、偶然にある場所に遺棄してあるということは、殆んど有り得ないことのように思われるね。……僕の今言ってるのは殺された娘の名前入りのハンカチのことなんだ。たとい、これが偶然の手落ちであるとしても、それは徒党を組んだ悪漢の手落ちじゃないね。一人の人間の偶然の手落ちだとしか想像できないね、いいかね、或る一人の兇漢が殺害を犯したとする。彼はたった一人で死人の亡霊と向いあってるのだ。……彼はぞっとする。……けれども死体をどうにか始末する必要があるのだ。彼は他の証拠物はうっちゃっておいて死体を河ぶちまで運んで行く。――ところが一生懸命に骨を折って死体を河まで運んで行く間に、心の中で恐怖は益々募って来る。……どんな結果になろうとも、彼は断じて引き返せないのだ。彼のただ一つの考はすぐに逃げ出すことだ。……」
と書いて犯人の一人説を主張し、併せてその犯人の行動をも推定しているのである。そうしてなお、死体の上衣《うわぎ》から、幅一|呎《フィート》ばかりの布片《きれ》が裾から腰の辺まで裂いて、腰のまわりにぐるぐると三重に巻きつけて、背部でちょっと結んでとめてあったことを、犯人が一人であったために死体を運ぶための把持とされた証拠だと述べているのである。
しかし、ここに於て、ポオは、実は一つの論理的矛盾に陥っているのである。何となれば彼は、叢林の中に残された品物が三四週間も発見されずにあるということは考えられないから、それらの品物は、兇行の現場からわきへ注意をそらそうという目的で、わざと叢林の中へ置かれたものだろうと推定して置きながら、(小説参照)前記の文中には、その場所を兇行の現場と認め、なお、品物は犯人が偶然残して置いたのであるように推定しているからである。このことは昨年の三月二十七日発行の「ゼ・デテクチヴ・マガジン」にボドキン判事によって指摘され、同氏は、この自家撞着があるために、この作品に対する期待を打ち壊されてしまったと言っている。
なお又、ウエルス女史が指摘したように、裾から腰の辺まで裂かれた布片《きれ》が、マリーの腰のまわりを三重に巻くということも彼の論理的の矛盾ということが出来るのであって、実際に死体を発見した人たちが、死体には紐も縄も見られなかったと証言したところを見ると、このこともポオの空想から生み出された「事実」といってよいかも知れない。
いずれにしても、かような論理的の矛盾――ボドキン判事やウエルス女史の指摘した点及び、第一回失踪と第二回失踪との間の時日に関する点などが――この小説に発見されるということは、「マリー・ロオジェ事件」が、必ずしもメリー・ロオジャース事件を説明するもので無いと断言し得るのであって、ポオが推理の材料とした「事実」がまた必ずしも真実でないことを想像し得るのである。
して見ると、ポオがこの物語の一八五〇年版に附加した脚註(こ
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