き、彼は文士にして交際家にはあらざりき、去月十六日彼れの知人、駒込の寺に集まりて葬式を挙行すと聞えたり、聊かにても緑雨を知れりと信ずる我は行くに忍びざりき。
廿一日午後一時、枯川の入獄を送る、日比谷公園を通り抜くれば此処彼処笑語の声うれしげなり、裁判所の石階を上れば一種陰鬱の気忽ち人を襲ふ、垣一重、路一筋の隔ては、直ちに天堂と地獄の差なり。
構内監倉の入口にて、枯川は、送れる人々を見返りて、「こゝからは本人だけしか入れないよ」と呵々大笑して、フロツク着たる影は、ツカ/\と小暗き廊下に没し去れり、皆相顧みて語なし、彼の手には、「エンサイクロペヂヤ、ヲブ、ソシアルレフオーム」伝習録其他数巻を携へたりき。
枯川を入獄せしむるは、彼を懲らしめんが為めか、彼を悔ゐしめん為めか、枯川は二ヶ月の禁錮の為めに其説を改むべきか、其筆を折り、其舌を噤むべきか、我は法律を学ばず、法律を知らず、法律の目的、功能なるものに於て甚だ惑ふ。
二ヶ月の月日、娑婆には短かけれど、囚獄には長し、其間の読書が如何に彼の智識を増益すべきぞ、其間の思索が如何に彼の精神を修練すべきぞ、将た自由なき「理想郷」の観察が、如何
前へ
次へ
全13ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸徳 秋水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング