山潜氏の運動で、在米の日本人労働者が着々社会党を組織するに至つたのは、賀すべきです、先日はシャトルに出来、今度はオークランドに出来て、白人社会党と提携の運動をして居ます、万国社会党には人種の区別も郷里の区別も宗教の区別もありません、皆な兄弟です、若し社会党が政権を取れば、所謂「黄人禍」の心配などは少しも無くなるのです、是ばかりは主戦論者でも賛成でしやう。
 何の運動でも婦人が加盟するやうになれば、必ず成功するとは、西洋人の言葉ですが、殊に仁愛を命とする社会主義の如きは、必ず婦人の力に待たねばなりません、欧米社会党の盛大なのは、婦人社会主義者が与つて力あるのです。
 近日の一快報は、札幌の竹内余所次郎氏の夫人と同地の女学生T君Y君等の社会主義の研究、運動に加はられたことです、別項に掲げてある『まるやまの花見』は、其報告です。
 妙齢の婦人が、はづかしさ、きまり悪さを忍んで、主義の為めに働かれる様を想へば、我等は深き感謝を表せねばなりません、我等は此人々が、人類同胞に対する大なる愛を発揮して、日本の婦人社会主義の卒先者たる名誉を荷はれることを望みます。

     五

 廿四日の朝、始めて枯川から手紙が来ました。
 其冒頭には「一月一回と限られたる此貴重なる手紙を、僕は今満腹の愉快を以て君に送る、併し用事以外の事を多言するの自由を持たぬ、只僕身神共に健全、日日清閑、読書に耽る、是だけの事を同人諸君と読者諸君と僕の妻とに御伝へを乞ふ」と書いて、其他は平民社経営に関する意見を示してある。
 平民社の経営、是は我等の目下講じつゝある問題です、元より此儘維持することは難事でない、戦争の狂熱最高度に達した時でも、我等は我等の大主義を絶叫するの余地があつた、況んや号外の声は疲れ、戦争物は売れなくなり、戦争の社会に及ぼす影響が明白に多数国民の間に了解せらるゝの今日をやです、一時ドウかと気遣つた売行も、先づ此分では心配もなさそうです。
 併し我等は此儘では満足出来ぬ、消極に維持するだけでは満足出来ぬ、積極に其歩を進めねばならぬ、体裁も内容も着々進めて行かねばならぬ、発行部数も増加せねばならぬ、此点は目下計画相談中であるのです、目下は人手が少ないので、是れ以上に直ぐドウするといふことも出来ないのですが、枯川の出獄を機会に、一段の飛躍をしたいと思ふ。
 枯川の刑期も半ばを過ぎて、後と三週間となりました、彼は出獄と同時に多少の考案を持て来ることは疑ひないので、我等も夫れまでに出来得るだけの準備をして見る積りです、同志諸君、読者諸君に於ても本紙の体裁、材料、其他主義拡張に就ての良法名案あらば、ドシドシ御教示を願ひたい。
 廿四日の大雨の中を、蓑笠の百姓が数名本社に這入つて来るので、出て見ると後には巡査が付添ふて居ました、是は鉱毒被害民が惨状を訴へに来たのです、先日来二百余名の被害民が上京を企てたが、皆な警官に追散らされたさうです。
 鉱毒被害民は今や殆ど其生活の権利をすらも失つて居ます、そして之を訴ふるの手段も杜かれて仕舞つたのです、彼等は法律と警察とに保護せられずに却つて之が為めに苦しんで居るやうです、別項西川生の廃村の記を御覧下さい。
 併し警官とても何も彼等をイヂめる積りでは無論ない、雨中を蓑笠で行く百姓の姿も憐れなら、上官の命令で夫れを警護して行く巡査も気の毒である。
 先日提灯行列の惨事の翌夜、晩餐後の散歩に西川生石川生と三人で馬場先門へ行て見ると、十数人の巡査が同所を警護してヤカましく言て居る、往来の人々は大分彼等を罵つて居たやうだが、我等は同情に堪へなかつた、事ある毎に非番でも呼出されて終日終夜、悪く言はれながら命がけで働らく巡査ほど憐れ者は無いのです。
 無智無教育の労働者よりも、智識教育ある労働者は、其苦痛と不平も一層甚しかるべき筈です、我は将来巡査と小学教師中に、多数の社会主義者を出すことを確信します。
 平民新聞其他日本社会主義者の言論が、外国へ反響すると言て、御用紙が神経を痛めるのは滑稽です、先日も「国民新聞」が喧しく言て居ましたが、又々「日々新聞」が鹿爪らしいことを書て居ます。
 日本の政治家と資本家は、日本の正義人道とやらを外国に紹介する筈で、大枚の金を使つて末松君を洋行させ、金子君を洋行させ、外国記者を御馳走し、今度は各宗僧までも集めて「中外に宣揚した」ではないか、是迄にしたら外国でも嘸や彼等の「正義人道」に感服仕つて居るでしやうから、微々たる平民新聞の論説位ひを気にするにも及ばぬ筈です。

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(二十五号、二十六号、二十七号、二十八号、二十九号、明治三十七年五月一日、八日、十五日、二十二日、二十九日、署名一〜三は一記者、四〜五は編輯子)
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底本:「日本の名随筆 別巻95 
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