も忘れてしまった。辻川博士はふたたび世間と隔離して蜘蛛の研究をはじめることができた。が、それはながくはつづかなかった。というのは博士は一月ばかり前に、ふとした不注意から熱帯産の毒蜘蛛に咬《か》まれて、奇怪きわまるうわ言をしゃべりつづけながら瀕死の状態で病院にかつぎこまれ、一週間ばかり昏酔状態をつづけたのち、とうとう斃れてしまったのだった。世人はむろんふたたび博士のことについて騒ぎだしたが、それもやはり永くつづかず、博士の死とともにこの奇妙な研究室と、そのなかに生棲する数百の蜘蛛についてはいまはかえりみる人もなくなった。
私は大学の動物学教室に助手をつとめて、節足動物につきすこし専門知識があるので、ときおり博士にまねかれて、研究について相談をうけたりした。辻川博士はまえにものべたとおり物理化学では世界的の学者だったが、動物学では素人なので、私のようなものでもいくぶん博士の研究をたすけることができたのだった。しかし、それもほんのはじめのあいだだけで、博士のようにすぐれた頭脳をもった人にはまたたくひまに私などが遠く及ばないぐらいの知識を獲得せられるのはなんでもないことだった。私は一二度博士
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