がなぜ専門の物理化学を抛擲《ほうてき》して、とつじょ蜘蛛の研究に従事せられたのかということをきいてみたが、博士は笑って答えられなかった。
 遺族の人の困ったのは、この研究室の始末だった。というのは建物のこともそうであるが、さらにそのなかにある数百の蜘蛛の処置にいたってはまったく手のつけようがないので、それらの蜘蛛のなかには、人命をうばう毒蜘蛛もあるというので、彼らは恐れてちかづかず、処置はすこし専門知識のある私に一切ゆだねられることになった。そこで、私は今日ここにこうして一人でやって来たのである。
 さて私は落葉をふんでこの奇妙な建物にちかづき、しばらく感慨ぶかく円形の塔を仰ぎみたすえ、急傾斜の鉄筋コンクリートの階段をのぼった。のぼりきると、そこにたたみ一畳じきよりすこしひろいぐらいの|踊り場《ランジング》があり、そこに研究室内にはいる唯一のドアがひらいていた。階段と踊り場はむろん円形の研究室に密接はしていたが、両者は別個につくられて、ごくわずかな間隙をおいて、分離せられていた。(このことはささいなことであるが、のちに重要な関係をもつので、とくにつけ加えておく)
 私は研究室内にはいっ
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