こと新らしく書きだして、大いに世人の好奇心を煽《あお》った。そのために、研究室の下には一時、見物人がむれて、辻川博士はひじょうに不快なめをしたことは、前にものべたとおりである。その後も博士は蜘蛛の研究をやめようとせず、研究室に閉じこもっていたが、最近ではすこし頭の調子が狂いだしたらしく様子が変だということを私はきいた。
私は円形の奇妙な研究室のなかで、醜怪な蜘蛛類にかこまれながら、思わずも故辻川博士の懐旧にふけったが、ふと気がつくと、テーブルの灰皿にはいつのまにすったのか、吸殻が林のように立っていた。私は時間のうつったのに驚きながら立ちあがって、念のためにもう一度、飼育函のなかの蜘蛛類を観察して、それらの処分法について、頭のなかに一つのプランをつくりあげた。そこで、私がこの研究室にやってきた目的はたっせられたわけであるから、私は前にものべたとおりこの部屋に出入する唯一のドアに手をかけて静かに内側に開いて、なにげなく一歩外へふみだそうとしたが、そのときに私はアッと叫んで、グラグラとしながらドアにしがみついた。私はもうすこしのことで直下三十尺を墜落するところだったのだ。それはなんと不可思議なことであろう。ドアの外にはたしかにあるべきはずの踊り場も階段も、影も形もなく消え失せているのだった! はるかに脚下には三十尺の支柱の土台となっている円形のコンクリートの地盤が、私をさそうように冷たくよこたわっている。
私はいくどか眼をこすって見直した。しかし、錯覚でもなんでもなかった。私は室内を見まわした。しかし、むろん、ここ以外にドアがあろうはずがない。私はドアをバタリと閉めて、よろめきながら室内にはいって、ひとつひとつ窓をのぞきまわった。すると、どうだ。踊り場とそれへかけられた階段は三つ目の窓の下にくっついていた。
私は茫然とした。窓から踊り場に飛びおりれば、私は階下へおりることはできる。だからこの奇妙な塔上に閉じこめられることはまぬがれることができるのだが、しかし、きんきん一時間ぐらいの間に鉄筋コンクリートの階段が移動したとはなんと不思議千万ではないか。
しばらく茫然と突ったっているうちに、私はふとあることに思いついた。私は窓から差込んでいる日足をじっと観察した。それから窓外にそびえている大木をじっと観察した。
私は発見した! この円形の研究室はそれをささえている支柱
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