から、車掌は殆ど乗客を暗記している。所が、卓一らしい青年は乗っていなかった。
卓一が茅ヶ崎の別荘にやって来た唯一の乗物は乗用自動車《ハイヤー》である。
望月刑事は首を捻《ひね》りながら、その日の夕刻東京に着いた。先ず第一に訪ねたのは小浜信造のいるアパート緑荘である。緑荘は鉄筋コンクリートの宏壮なアパートだった。信造は茅ヶ崎にいて留守なのは分り切っているが、彼は信造の友人と称して、アパートの管理人に訊いた。
「小浜さん、いますか」
管理人は首を振って、
「留守ですよ。茅ヶ崎の別荘へ行きました」
「え」望月刑事は態《わざ》と驚いて、「小浜さん、別荘を持ってるのかなア」
「小浜さんはどうして中々金持なんですよ。二年|以前《まえ》に伯父さんの遺産を貰ってね、何でも何十万という事ですよ」
「何十万! そいつア初耳だ。そんな金持の癖にアパートに独り住居してるんですか」
「変ってますからね。厭人病《えんじんびょう》っていうんだそうで。交際が嫌いでね。こゝにいても殆んど訪ねて来る人はありませんよ。あなたはどなたですか」
「望月といいます。つい近頃お知合になったのでして。茅ヶ崎へは何の用で行かれた
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