っている。望月刑事は何気なくそこを通り過ぎようとして、見物の中に一人の男を発見して、急に立止った。ゾロリとした着流しで、帯の間に両手を挟んでニヤリ/\しながら盤に見入っているのは、疑いもなく小浜信造だった。刑事は一寸声を掛けようかと思ったが、相手が迷惑するといけないと思って止めて、その代りに信造と盤とを見比べながら様子を眺めていた。
大きな碁盤には例の通り、黒と白の木で作った碁石《いし》代りのものが、二三十並んでいる。黒はどこへ打っても、すぐ四三か四々が出来て勝てそうだ。所が白に旨い手があって、先に五が出来て止るようになっている。二手《ふたて》目に黒の勝にならなければ、三十銭なり五十銭なり出して、薄ぺらな五六銭にも値いしないようなパンフレットを買わなければならないのだ。
連珠屋はうるさいほど喋りながら、しきりに客に勧誘する。見る/\二三人の人が手を出して、必勝だと確信していたのがみんな外れて意外な顔をしながら、金を払った。
刑事は世の中は広いものだ、よくこんな軽率な人の種の尽きないものだと思いながら、もう興味がなくなったので、そこを離れようとすると、信造が声を出した。
「一つやって見ようか」
「へえ、どうぞ」
連珠屋は鴨が来たとばかり、手にした木製の黒石を信造に渡した。
パチリ。
信造の打った所は急所らしかった。
連珠屋はうむと唸って、じっと盤面を見つめたが、パチリと白を下した。
パチリ、二つ目の黒石で、見事に四々が出来た。
「旦那、大した腕ですなア」
連珠屋は渋面《じゅうめん》を作りながら、信造を賞讚した。
信造は得意そうにニヤリと笑って、そのまゝ列を離れて、さっさと行こうとした。
と、この時に、咄嗟に望月刑事の頭に閃めいたものがあった。
刑事は自分の考えにぎょっとしながら、早足に信造を追って、背後《うしろ》から、
「北田さん、卓一さん」と呼んだ。
信造はぎょっとして振り返ったが、ジロリと刑事の顔を見ると、そのまゝ行こうとした。
「もし/\、北田さん」と刑事は追|縋《すが》った。
「人違いだ」
信造はそういって、ドン/\行こうとする。
「待って下さい。待てといったら待たないか」
刑事のきっとした声に、思わず立止った信造の耳に、望月刑事は低声《こゞえ》でいった。
「信造だなんて胡魔化しても駄目だぞ。お前は北田卓一だ。一緒に来い。指紋を取
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