た。
「何分守衛が発見してすぐ訴えないものだから、指紋は勿論《もちろん》、何の証拠になるようなものもない」路々友は語った。「守衛は大丈夫らしいね」
 神保町《じんぼうちょう》の停留場で我々は降りた。その辺の迷路にも似た小路《こじ》を、あちこちと二三丁歩いて、ある建物の前に来た時に、彼は立止って突然《いきなり》その呼鈴《ベル》を押した。私は驚いて表札を見ると花野茂としてあった。取次が出ると橋本は花野さんに御目にかかりたいと云った。
「先生は今御旅行中です」とブッキラ棒に取次は答えた。
「私もそう新聞で承知いたしました」友は云った。
「併し是非御願いいたしたい事がありますので、迷って居りますと、今朝電車で偶然久しい前外国で御目にかかった事のある一寸御名前を忘れましたが、その方がこちらと御知合だそうで、先生は御在宅の筈《はず》だと教えて下さいましたので」
「ハテな。誰だろうな」と取次は書生部屋の仲間に振り向いて云った。
「外国と云えば田村《たむら》さんじゃないかね。併しあの人は先生の留守は知っている筈だがね」
「脊《せ》の高い一寸外国人のような方ですが」
「じゃ田村さんだ。どうしてそんな事を
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