に看破《みやぶ》られ止むなく宅へ持ち帰ったが、八万円もヒド工面で造《こし》らえたので、もう夜逃げの外はないと覚悟して居ると、不思議な買手が現われて助かったのである。その買手はマッカレーの紹介だと云って訪ねて来た男で結局七万円で譲ったのだった。
「黒眼鏡をかけた脊の高い、少し猫脊のような人で頤鬚《あごひげ》をつけて何だか聞き覚えのある声の人でしたが矢張初対面で、少し怪しい所もありましたが、背に腹は代えられず一万円の損で譲りました。この上貴君方に訴えられれば申分ありません。天罰です」
「イヤ、私は貴君を告発しなければならない位置に居るものではありません。御話しに偽《いつわり》がないと云う条件で、別に荒立てる必要はありません」と友が云った。
「天地神明に誓って偽でない事を断言します」
 保命館を出て駿河台下の方へ来かかると折柄、そこの大時計は十時を打ち出した。折角|手繰《たぐ》った糸が又この異様な新な買手の為《た》めにプッつりと切り離たれたのは、友にとって打撃に相違なかったが、左程落胆している模様も見えなかった。ここで私達は別れたのである。

 翌日午後橋本から電話で帰りに寄って呉れと云うので、私は勤先からすぐ彼を訪ねた。
「やあよく来て呉れたね。実は六時に佐瀬、そら例の商会の技師の、あの人が来る事になっているが、僕は一寸出掛けねばならないので、君一つ相手をして、成可《なるべ》く七時頃迄待たせて居《お》いて貰いたいのだがね」
 私が引受けると、彼は直ぐ出掛けて行った。六時に佐瀬がやって来た。私は友が急用で出掛けた事と是非待って居て貰いたい事を告げると、彼は迷惑そうに腰を下した。
「橋本さんは少しは当りがつきましたでしょうか」
「さあ」私は彼の問にどの程度迄答えてよいか分らなかったので、「多少見当はついたようです」
「不思議な事件ですからなあ、あの外国人や花野さんが関係して居るんでしょうか」彼は聞いた。
「それは多分関係はないでしょう」
「どうして分りましたか」彼は意外と云う風に少し声を高めた。
「イヤ、多分真物とスリ替える目的で、模造品を註文したのではなかろうかと思うのです」
 七時に近《ちかづ》いても友は帰って来なかった。佐瀬が暇《いとま》を告げようとした時に、電話の呼鈴が激しく鳴った。私は急いで受話機を取り上げると、橋本の声で、佐瀬君を待たして御気の毒であったが、実はもう御帰りかと思って、御宅の方へ伺った所で、塔の問題に少し当りがついたから、皆さんに御話したいから、すぐに二人で来て呉れと云うのであった。
 佐瀬の宅は築地橋《つきじばし》に近い河岸沿いの宅で、通されたのは西洋館の広々とした応接室、飾のついた電燈が皎々《こうこう》と、四辺《あたり》の贅沢な調度品を照らして居た。部屋の中には何時の間にか呼んだと見えて、下村商会主も高田警部の顔も見えた。
「佐瀬さん失礼いたしました」一同席が極まると橋本は口を切った。「殊に御許しもなく皆さんを御呼びしたのを悪しからず。実は真珠塔の隠されて居る所が分りましたので」
「どこですか」商会主と技師とそうして私が殆《ほとん》ど同時に叫んだ。
「只今御眼にかけます」と云うが早いか、彼は壁の腰羽目の一部に手をかけたかと思うと、見よ。忽《たちま》ち壁は開かれて、其の中に燦《さん》として一基の真珠塔が輝いて居るではないか。突如佐瀬は卓上《テーブル》の花瓶を取って怒れる眼鋭くハッシと許り橋本目がけて投げつけた。其時早く高田警部は佐瀬の腕を扼したので、的ははずれて、真珠塔に丁と当って、無残塔は微塵《みじん》に散った。商会主の顔はさっと蒼白に変じた。其時橋本の凜《りん》とした声は響いた。
「イヤ御心配に及びません。それは偽物です」
    ×   ×   ×   ×
「今度の事件は頗る簡単だよ。君」私が桜木町の彼の家に帰りついて、香の高い紅茶をすすりながら相変らずの彼の敏腕を賞めると、彼はこう云った。
「つまり二から一引く一さ。現場を見て第一に感じたのは、あれ丈《だけ》の塔をスリ替えるのに窓からやると云うのは可怪《おか》しい。あの高い窓から塔を一つ運び出し一つは運び入れると云う事は、一寸不可能じゃないかね。それにもう一つ変なのは、硝子の音がしたので逃げたのではなく、逃げる時にこわした事だ。つまり偽物の塔は出し放しにして逃げたんだね。まるで忍び込んだのを広告するようなものだ。そこで僕は別の方面を考えた。つまりスリ替えられて居ないんじゃないかと。然し曲者の入った事と、真珠のうちの一つがスリ替えられて居る事は事実だ。そこで甚だ漠然としては居るが、真物を偽物と思わせる為めに一つの真珠をとり替える為めに忍び込む。これは可能だからな。そうして殆ど佐瀬のみに可能じゃないか。鍵も彼が持っている。発見したのも彼だ。そこで少しばか
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