な奴らしい。いやどうも有難う。ええすぐ展覧会の方へ行きます。さようなら」私の方を向いて、「どうだ君。一緒に現場へ来ないかね」

        二

 夏の永い日ざしもはや傾いて、外はもう夕暗《ゆうやみ》であった。上野の山内は白く浮いて出る浴衣がけの涼みの男女の幾群かが、そぞろ歩きをして居た。
 展覧会では二人の守衛が待ち受けて居た。幸二人とも恰度先夜の宿直で早速現場に案内して呉れた。
 場内はしんとして、夜間開場の設備はないので、広い会場の天井に只二ヶ所、うす暗い電燈が、鈍い光りを眠むそうに投げて、昼間《ちゅうかん》満都の人気を集めて、看客《けんぶつ》の群れ集うだけ、それだけ人気《ひとけ》のない会場は一層静かなものであった。守衛の一人は年頃六十以上の背の高い老人で、一人は軍人上りとか云う丸々とした、頑丈そうな四十恰好の男で、いずれも頗《すこぶ》る好人物らしく見えた。
 問題の塔は正面入口のすぐ右側に、四方硝子の戸棚に収められ、夜眼にもそのすべすべした豊麗な膚《はだ》は清い色を放って居た。曲者の飛び出した窓は、地上から十五尺ばかりの所を館の周囲をとりまいて居る一連の明りとり窓の一つで、壁際にある一列の陳列棚は九尺であるから、その頂部《いただき》より尚六尺の上に開かれて居る。
「そうです。私が見付けましたので」若い方の守衛は友の問に答えた。「恰度飛び出す所でした。ええ、どの入口にも鍵がかかって居りました。確かです。私共が入口を開けるのに手間取って居たものですから、曲者を逃がして仕舞いました。私共が全《まる》で共謀《ぐる》かなんぞになって居るように思われますので甚だ残念ですが、どうしてあの塔をあの高い窓から運び出したのでしょう」
 友は窓の高さを目測したり、戸棚の周囲を丁寧に調べたりした揚句、腕を組んで瞑想を始めた。この時こそ友の頭脳《あたま》の最も働いている時である事を知っている私は、黙ってそれを眺めて居た。
「窓硝子の落ちた音で気が付いたと云うのは確かですか」友は突然に聞いた。
「確かです。破片《かけ》が散って居りましたり、外に硝子のこわれた所はありませんでしたから」
 友は又深い瞑想に陥った。
 やがて何か思いついた如く、守衛達に一礼して場外に出た。山下《やました》の菊屋《きくや》で夕食をした後友は神田《かんだ》に行こうと云い出した。私は云うがままに彼について行っ
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