ぬ証拠は、実は私が模造品を造ります際に数の都合上どうしても、疵《きず》のあるのを一つ使わねばならないので、庇《ひさし》の蔭に眼のつかない所へ嵌《は》めたのです」
「全く。私もその疵のある真珠の事を云われる迄はどうしても置き換えられた事は信じられませんでした」と商会主は口を添えた。
佐瀬は早速商会主を呼んで、取り敢えず守衛の所へ行った。貴重品ばかりの所であるから、夜は特別に二人居て交代で不寝番《ねずばん》をする事になって居たのである。守衛は始めは中々云わなかったそうであるが、激しい詰問にとうとう白状した所は、二日|許《ばか》り前の晩夜中にガチャンと硝子《がらす》の破《こわ》れる音がしたのでハッと二人で詰所を飛びだすと、一人の曲者《くせもの》が将《まさ》に明りとり窓から逃げ出す所で、その窓硝子を一枚落したのであった。大急ぎで入口を開けて外へ出た時には既に逃走して居た。場内を見ると、真珠塔がいつの間にか箱から出され、棚から一間許りの所に置かれて居た。併《しか》し外には何の被害もなかったので二人相談の上、塔を箱の中に戻し、硝子は風で落ちた事にして知らぬ顔をして居たのであった。即ち守衛達は盗賊が未遂の中に逃げたものと思って居たが、それは真物は既に運び去られ、今や偽物を運び入れんとした際に発覚したのであった。そこで二人は展覧会の事務所に届出《とどけ》いで、それから警視庁の方へ行ったのであるが、何分秘密を要する事で、遂に橋本に依頼する事になったのである。
「陳列箱の鍵は平生《へいぜい》誰が持って居るのですか」友は始めて口を開いた。
「二つありまして、一つは守衛一つは私が持って居ります」佐瀬は答えた。
「塔の重量はどの位ですか」
「三貫五百目です。大理石の台がありますから」
「成程不思議な事件だ。宜しい御引受けしましょう。先ず現場と守衛から調べねばなりませんね」
商会主が喜んで佐瀬と共に辞去すると、やがて橋本は警視庁へ電話を掛けた。
「モシモシ、ハア高田君? ええ例の件でね一寸展覧会の夜間入場の便宜を計って貰いたい。ええ、マッカレーは昨日帰国した。ふん確かな人間? どうも真珠塔は買わないらしいって。ホテルの給仕が日本人の持って帰るのを見た。ああそうですか。花野は偽名らしいって。そうでしょうなあ。併し何か花野氏と縁故のあるものらしい。ふん、そうそう何でも大きな外国人らしい話も達者
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