んな罪を犯している男か大体想像はついているだろう。犯罪人を庇護するのは犯罪だと云う事を知らないのかっ」
「知っています」
「じゃ、早く支倉の居所を云うが好い」
「知りませんから云えません」
「ちょっ、強情な奴だな。おい、君は一体、拘留されてから今日は幾日目だと思うんだい」
「そんな事はあなたの方が好く御存じの筈です」
 浅田は無念そうな顔をして云った。
「ふゝん」
 根岸は嘲笑いながら、
「今日でもう三日目なんだぜ。初めは俺も下手に出て、君を怒らさないように、あっさりと白状させようと思ったのだ。俺は一体手荒な事が嫌いで、誰を調べるにしてもこんな荒っぽい言葉は遣った事はないのだが、君のような強情な奴に会っては敵わない。この根岸が堪忍の緒を切ったら、どんな事になるか分らないぞ」
 さして大きな声と云うのではないが、根岸の詰問には一種の底力があって肺腑にグン/\応えて来る。それに彼のギロ/\した眼の不気味さ。流石の浅田もぶるっと顫えた。けれども彼も尋常一様の曲者ではない。根岸刑事の脅迫するような言葉を、うんと丹田に力を入れて跳返しながらきっぱり云った。
「何と云われても知らぬ事は知りません」
「一体君は」
 根岸刑事は少し態度を和げながら、
「どう云う義理があってそう、支倉の利益を計るのだい」
「別に義理なんかありません」
「ふん、そうか」
 根岸は冷笑を浮べながら、
「じゃ何か目的があるのだね」

 根岸刑事に支倉の利益を計るのは何か目的があるのだろうと云われて、浅田はドキリとしたが、顔色には少しも現わさずに平然と答えた。
「何も目的はありません」
「そうかね」
 根岸はニヤリと笑った。
「君がどうも繁々と支倉の留守宅に出入するのは、何か目論見があったのだと思えるがね」
「――――」
 浅田は黙って唇を噛んだ。
「僕が君の細君に連れられて支倉の宅へ行った時には、何だか騒ぎがあったようだね」
「――――」
「細君が、お篠さんとか云ったね、大そう腹を立てゝいたじゃないか」
「あいつはどうも無教育で、所構わず大声を出すので困るのです」
 浅田はポツリ/\答えた。
「と許《ばか》りは云えまいよ。あの時はどうも君が悪いようだったね」
「どうしてゞすか」
「おい、浅田」
 根岸はきっとなった。
「白ばくれゝば事がすむと思うと大間違いだぞ。俺は何もかも知ってるんだぞ」
「何もかもと云うのはどの事ですか」
 浅田は嘯《うそぶ》いた。
「お前が支倉の細君にした事だ」
 根岸は呶鳴りつゞけた。
「何の事ですか、それは」
「馬鹿! 貴様は未だそんな白々しい事を云うのかっ! 貴様は根岸を見損ったか。根岸はどんな人間だか知ってるか。痛い目をしないうちに恐れ入って終え」
「――――」
 浅田は答えない。
「よし、支倉の留守宅でお前がどんなことをしたか、お篠を召喚すれば直ぐわかることだ。オイ、渡辺君」
 根岸は渡辺刑事を呼んだ。
「直ぐお篠を連れて来て呉れ給え」
「宜しい」
 渡辺刑事は勢いよく立上った。
「鳥渡待って下さい」
 浅田はあわてゝ、声をかけた。
「何の用だい」
 渡辺刑事は嘲るように答えた。
「お篠を呼ぶ事は待って下さい」
「待てと云うなら、待ちもしようが」
 渡辺はきっと浅田を見据えながら、
「どう云う訳で待って呉れと云うのだ」
「あいつはどうも智恵の足りない奴で、物事の見境なく喚き立てますから――」
「好いじゃないか」
 渡辺は押被せるように云った。
「何を云ったって君に疚《やま》しい所がなければ差支えないじゃないか」
「所がその」
 浅田は困惑しながら、
「あいつはある事無い事を喋るのです」
「無い事なら恐れるに及ばんじゃないか」
「そりゃそうですけれども――」
「渡辺君」
 根岸はもどかしそうに声をかけた。
「いつまで愚図々々と一つ事を聞いていたって仕方がないじゃないか。早くお篠を呼び給え」
「承知だ」
 渡辺は勢いよく答えた。
「直ぐ行くよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
 浅田はうろたえ出した。
「あんな碌でなしを呼んだって仕方がありません」
「おい」
 根岸は浅田をギロリと睨みつけて、
「貴様は何か女房に喋られて悪い事をしているな」
「そんな事はありません」
「支倉の逃亡を援助しているだけなら何もそう女房を恐れる筈はない。どうも一筋縄で行く奴ではないと思っていたが、貴様は何か大きい事をやってるな」
「決してそんな事はありません」
「そうに違いない。すっかり洗い上げるから覚悟しろ」
「え、そんな覚えはありませんけれども」
 浅田はあきらめたように云った。
「こうなっては仕方がありません。何もかも申上げましょう」

 何もかも申上げましょうと云った浅田の言葉に根岸刑事は心中大いに喜んだが、素知らぬ顔をしながら、
「そう素直に出れば何も事を荒立てる事はない。次第によっては直ぐ放免しても好いのだ」
「じゃ何ですか、すっかり申上げれば直ぐ帰して呉れますか」
 浅田は少し身体《からだ》を乗り出した。
「そんな事は始めから分り切っているじゃないか。それ以上君を引っばたいて詰らぬ埃を立てようとは思っていないよ」
「そう始めから仰有って下されば私は直ぐ知っているだけの事は申上げたのです」
「始めからそう云っているじゃないか」
「何、そんな事仰有りゃしません。無闇に脅かしてばかりいられたので――」
「そんな事は今更云わんでも好いじゃないか」
 根岸はニヤリとした。
「話が分れば、一つすっかり云って貰おうじゃないか」
「云いますよ」
 浅田は真顔になって答えた。
「所でね根岸さん。私はほんとうに支倉が今どこにいるか知らないのですよ」
「何っ!」
 根岸は声を上げた。
「ほんとうなんです。この期《ご》に及んで何嘘を云うもんですか。ほんとうに知らないんです」
「ふん、全く知らないのかい」
 根岸は些か口調を和げて半信半疑と云う風に云った。
「全く知らないのです。然し近く私の所へ知らす事になっていたのです。ですからことに依ると宅《うち》へ手紙が来ているかも知れないのです」
「黙れ」
 根岸刑事が呶鳴った。
「この根岸がそんな甘手に乗ると思うか。貴様の宅《うち》に支倉から手紙が来たか来ないか位はちゃんと調べてあるぞ。そんな甘口で易々と貴様は放免しないぞ」
「じゃ何んですか」
 浅田は不審そうに根岸を見ながら、
「私の宅へ松下一郎と云う名で手紙は来ていませんか」
「来ていない」
「そりゃ可笑しいな」
 浅田はじっと考えながら、
「そんな筈はないんだが、もう、どうしたって来ているのですがね。じゃ、今日あたり来るのでしょう」
 浅田の様子が満更嘘を云っているようでもないので、根岸は少し不審に思いながら、
「じゃ、何だね、支倉の方から打合せの手紙が来る事になっているのだね」
「そうです」
「そんならやがて知らせが来るかも知れん」
 根岸は考えながら、
「じゃ、君こうして呉れないか。支倉が何んと云う偽名で寄越すか知れんが、仮りに松下一郎で来たとしたら、その手紙を我々が開いて好いと云う事を承諾して呉れないか」
「えゝ、仕方がありません」
 浅田は渋々云った。
「承知しましょう。だが無闇にどれでも開封せられても困りますが」
「そりゃ心配しなくても好いさ。いくら俺達だって、常識と云う事は心得ているからね」
「そんなら好うがす」
 浅田は大きくうなずいた,
「それで私は帰して呉れるでしょうね」
「さあ」
 根岸は気が進まないように答えた。
「君を帰すとすると手紙は直接君の手に這入るからね。支倉から来た分を隠される恐れがあるんでね」
「もうそんな事は決してしませんよ」
「うん、それもそうだろうが、こっちの方じゃ警戒しなければならんからね」
「じゃ、何ですか、云うだけ云わして置いて、帰して呉れないのですか。一体あなた方は約束と云うものを守らないのですか。あたたは始めに私を帰すと約束したではありませんか」
 浅田は気色ばんだ。
「そうむきにならなくっても帰すよ」
 根岸は静かに云った。
「だが条件がある」

「どう云う条件ですか」
 浅田は不安そうに聞き返した。
「何そうむずかしい事じゃない。刑事をね、一人君の宅《うち》へ泊り込ますのだ。そして郵便をその都度すっかり見せて貰う事にするのだ」
「随分辛い条件ですね」
 浅田は暫く考えていたが、
「仕方がありません。承知しました。そうしなければどうせ帰して貰えないのだから」
「宜しい」
 根岸は満足そうにうなずいた。
「そう事が極まれば早速実行するとしよう」
 浅田はほっと息をついた。
 彼は漸く三日間の辛い責苦を逃れる事が出来たのだった。彼は支倉に対する義理立てと支倉の妻に対する愛着から、飽くまで強情を張り通して支倉の居所に関する事は口を開くまいと思ったけれども、刑事部屋での連日の執拗な訊問はほと/\彼の精根を尽きさした。それに根岸が彼が支倉の留守宅で支倉の妻に挑みかゝった事を、薄々知っているらしい口吻を洩らすので、流石の浅田もすっかり諦めて終《しま》って、根岸の云い放題になったのだった。
「じゃ渡辺君」
 根岸は渡辺刑事を呼びかけた。
「君一つ浅田と一緒に行って、支倉から手紙が来るまで泊り込んでいて呉れないか」
「好し」
 渡辺はうなずいた。
 浅田は渡辺刑事に引立てるように促されて、渋々神楽坂署の門を出た。
 留守宅ではお篠が夫が警察に留られて三日も帰って来ない所在なさを沁々《しみ/″\》味わいながら、しょんぼりとしていた。一時の腹立まぎれに警察へ追いやるような事をしたものゝ、日数が経つにつれて、お篠はやはり夫の事が思い出されるのだった。今日あたりはもう坐っても立ってもいられないので、恥も外聞も忘れて貰い下げに行こうと思っていたのだった。そこへ、ひょっくり夫が無事に帰って来たので、お篠は飛び立つ思いで夫を迎えた。
「まあ、よく帰って来られたわねえ」
「――――」
 浅田は黙って不機嫌らしく彼女を睨んだ。
「怒っているの」
 お篠は不安そうに、
「堪忍して頂戴、みんな私が悪いのだから。腹立まぎれに詰らない事を云っていけなかったわね」
 縋《すが》りつかん許りにして訴える自分の言葉に一言も報いようとしない夫を恨めしげに見上げたお篠は、ふと初めて夫の後ろに見馴れない男がいたのを見つけた。
「まあ、誰かいるのねえ。人の悪いったらありゃしない」
 お篠は腹立たしそうに、
「一体誰なの、お前さんは。又刑事なんだろう」
「そうですよ。おかみさん」
 渡辺はニヤ/\と笑った。
「随分しつこいのね、警察と云う所は」
 お篠はそろ/\声を上げ出した。
「又、支倉さんから来た手紙を探しに来たのかい。一日のうちに二度も来るのね」
「おい、静かにしろ」
 浅田は低い声で叱るように云って、刑事の方を向いた。
「旦那どうぞお気にされないように願います。いつでもこう云う奴なんですから」
「この方は刑事じゃないの」
 お篠は不安そうに夫の顔を見上げながら聞いた。
「刑事さんだよ。用があってお出でなすったんだよ」
「どう云う用?」
「お前が云ったように支倉さんから来る手紙を押えにさ」
「まあ」
 お篠は大きく眼を見開いた。
「そんなら断って終《しま》えば好いのに」
「所がそうは行かなくなったんだ。支倉さんの手紙が手に這入るまで旦那は泊り込むんだよ」
「まあ」
「ちょっ、そう驚いて許りいないで、茶でも出せ」
 浅田はそう云って長火鉢の前にどっかと坐った。

 渡辺刑事が支倉から来る手紙を押収すべく浅田の家に乗り込んだ時に、石子刑事はトボ/\と蔵前通りを歩いていた。
 二度目に発掘した屍体は幸にも専門家の鑑定によって、年の若い女と決定した。そして髑髏に際立ってニッキリはえている二本の犬歯はまるで牙のようで、それが死んだ小林貞の特徴とピタリと合っていた。
 石子刑事が貞の親に会った時に直ぐ彼は犬歯が異様に発達している事を感じたが、其の叔父の定次郎も矢張りそうした犬歯の持主で、この犬歯の特徴は小林家の特徴と云って好いのだった。けれどもそれだけで、その白骨にな
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