れますぜ」
「本当かい」
「本当ですとも、松下一郎って男名前で来るんですけれども、返辞はきっと先生自身でポストへ投げ込まれるのですよ。外の手紙はみんな私に云いつけて出させるのですけれども、その返辞だけは御自身でお出しになるのですよ」
「畜生!」
 お篠は呶鳴った。
「じゃ矢張り私を誑《だま》しているんだな」
 折柄表通りに浅田の姿が見えたので、二人はあわてゝ下に降りた。

 浅田は家の中に這入ると、そのまゝ無言で二階へトン/\と上った。
 彼は注意深く部屋を一通り見廻した後、椅子にどっかと腰を下して、あーっと欠伸を一つしたが、ふと机の上を見て、
「おや」
 と呟いた。
 机の上はちゃんと自分が整頓して置いた通り、何一つ位置を変えないで、そのまゝにはなっているが、所謂第六感と云うか、何となく何者かゞ手を触れたような気がするのだ。
「はてね」
 腕組をしたまゝ、鋭い眼で机の上を睨んでいたが、ふと吸取紙に眼がついた。気の故《せい》だか少し位置が、捩《ねじ》れているようだ。
 彼は吸取紙を取上げて、頭の上の電燈に照して見た。
「しまった」
 彼は軽く呟いて、頭を上げると唇を噛んで、じっと遠方を
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