ないな。次の字は川らしいな、町の字はハッキリ分るんだが、それから最後が『館』らしいな、あゝ、写真館だ、さては松下一郎と云う奴は写真館にいるのだ。何写真館かしら。あゝ、たしかに『内』と云う字は読めるのだが、山内かしら大内かしら、うむ、『本』『川』『町』『内』写真館、あゝ、どうかしてもう少し読めないかな」
 岸本がいら/\しながら吸取紙を眺めていると、下でお篠の呼ぶ声がした。
「岸本さん、岸本さーん」
「ちょっ困るな」
 岸本は地団駄を踏んで、吸取紙を横|睥《にら》みに睨んで、おかみの呼ぶ声に気を取られながら、腹立たしそうに呟いた。
「岸本さん」
 お篠はそう呼びながらミシ/\音をさせて二階に上って来た様子。岸本は残念ながらつと机の傍を離れて梯子段の口許に近寄った。
「何ですか、おかみさん」
「何をしてるの、岸本さん」
「別に何にも」
「そう」
 漸く上りついたおかみは岸本の顔を見上げながら、
「主人《たく》が何か云ったかい」
「いゝえ、何にも」
「そう。そんなら好いけれど」
「何ですか、おかみさん。先生は少し可笑しいですぜ」
「どうして?」
「どうしてたって、秘密に手紙をやりとりして居ら
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