た。そして一隅の机に向って何やら書き始めた。
やがて書き終ると封筒に入れ上書を書いて、のそ/\と下に降りた。
下では待構えていたように岸本が声をかけた。
「先生、お出かけですか」
「あゝ、ちょっとそこまで」
岸本は目慧《めざと》く浅田の持っている手紙に目をつけて、
「先生、郵便でしたら私が出して来ましょう」
「何、いゝんだ」
浅田はそう云い棄てゝ外へ出た。
岸本は主人の姿が見えなくなると脱兎の如く身を飜えして二階に上った。彼は主人の机の傍へ寄ると忙しく何か探し始めた。机の上、鍵のかゝっていない抽斗《ひきだし》の全部を一つ一つ改めて、そして注意深く又元通りにした。
やがて落胆したように彼は呟いた。
「ふむ、中々用心深い奴だ。どうも見当らない」
そのうちにふと彼は机の上の一枚の吸取紙に気がついた。よく見ると、松下一郎様と云う文字が微かに左文字に見える。肩書の所番地も飛び/\に読めそうだ。
「しめたぞ」
岸本は嬉しそうに呟いた。
「初めの字は確に『本』だぞ。ハテ、本郷かな、本所かな、あゝ二字目は少しも分らない、それから米か知らん。それとも林かな上の方がかすれているのでよく分ら
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