いや、現像は好い。未だ独りでやらせるには少し危い」
「大丈夫ですよ、先生」
岸本は美しい眉をきりっと揚げた。
「ハヽヽヽ」
浅田は猪口才《ちょこざい》なと云わんばかりに笑った。
「まあ止しとこう。現像はしくじられると取返しがつかんからな」
「そうですか」
岸本は不服そうに云った。
「おい、お篠」
浅田は妻を呼んだ。
「では出かけるよ」
「いってらっしゃい」
次の間からお篠は大きな声で答えた。
ブロマイドの焼付を終って暗室を出て、岸本はせっせと台紙に出来上っていた写真を貼りつけていると、お篠が傍へやって来た。
「岸本さん、精がでるね」
「駄目ですよ、おかみさん、どうも貼付が拙くって」
「何それで結構だよ」
「そうですか」
「岸本さん、主人が喧しくって嫌でしょう」
「そんな事ありませんよ」
「主人はどうも気むずかしやでね、それだから書生がいつかなくて困るの。岸本さんは長く辛抱して下さいね」
お篠は岸本の横顔を眼尻を下げてのぞき込みながら云った。
「えゝ、おかみさん、どうぞ長く置いて下さい」
「置いてあげますとも」
「先生はどこへ出かけられたのですか」
「どこだか、大方又|支倉
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