タ/\したみすぼらしい裏口の光景は消えて、四隣は又元の真の闇になった。
「大丈夫かい」
 外から木戸を叩いた男が低声《こゞえ》で云った。
「大丈夫です。もう寝ました」
 中から出て来た男が囁いた。
「何か手懸りが見つかったかね」
「大した事もありませんが、こゝの主人は此頃時々公証役場へ出入しますよ。多分支倉に頼まれたのだろうと思います」
「公証人の名は分らないかい」
「神田大五郎とか云うのです」
「神田なら可成有名な公証人だ」
「それからね、石子さん」
 中から出て来た男は呼びかけた。青年らしい声音《こわね》である。
「松下一郎と云う男と盛に手紙の往復があるのです」
「松下一郎?」
「えゝ、私はね、どうもそれが支倉の変名じゃないかと思うのです。手蹟がね、例のそらお宅で見せて貰った脅迫状によく似ているのです」
「で、所は分らないのかい」
「分らないのです。むこうから来るのには所が書いてありませんし、こっちから出す奴はいつも浅田が自身で投函するらしいのです」
「ふん、そいつは怪しいな。岸本君、もう一度骨折頼むよ」
「宜しゅうございます。どうかして所を調べましょう」
「何しろね、対手は手剛《
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