るから、後がうるさい。一体細君はこゝへ何をしに来たのか。支倉と会う為だと考えるのが至当だろう。そうすると支倉はこゝに潜伏しているのか、それともこゝで妻と落合おうと云うのか、それとも細君は支倉に会う為でなく外の用でこゝへ来たのか、何にしてももう少し様子を見ねば分らない。支倉の這入る所か出て来る所を押えるのが一番好いが、こんな狭い往来で身体を隠す所がないので困る。流石の根岸も思案に暮れていた。
 思案に暮れながらふと教会の裏口に眼を見やると、二重廻しに身を包んだ怪しい人影が忍び寄るのが見えた。あっと云う間にすっと中へ消えて終った。根岸刑事は緊張した。彼はそっと裏口に近寄った。
 が、流石の根岸刑事も、彼が裏口に忍び寄った瞬間に曲者は家の中を素通りして、早くも表へ飛出したのには気がつかなかった。
 玄関の所で曲者は、後について来た静子を濁声《だみごえ》で叱った。
「馬鹿! 尾行《つけ》られて来たじゃないか。刑事らしい奴が裏口の方にいる。仕方がない、俺は直ぐ行く。実印を浅田に渡せ。いいか分ったか」
「あ、あなた、もう逃げるのは止《よ》して下さい」
 静子はあわてゝ彼の袖を引張ったが、曲者は袖を
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