降りた。
 静子は足を早めた。短い冬の日はもう傾きかけて、冷い夕方の風が頬を硬張らせるように吹いた。彼女は通りから横丁に這入り、左に折れ、右に曲って細々《こま/″\》した家が立並んで、時に埃の一杯散かっている空地のある新開地らしい路を縫って行く。やがて一軒の西洋風の鳥渡した木造建築の前に立止ったが、直ぐその中へ消えた。
 怪しい男はその家の前でピタリと止った。
 標札には中野同仁教会、ウイリヤムソンとあった。

 怪しい男は教会の前をブラ/\往ったり来たりして、中の様子を覗った。生憎《あいにく》日が未だ暮れ切らないで、通行人も相当あったし、疑われないようにするには余程骨が折れた。と云って四辺《あたり》に身を隠す蔭もなかった。
「ちょっ、おまけに粗末ながらも洋館と来てやがるので、中の様子が少しも分らない。いっそ中野署へ電話をかけて応援を頼もうか」
 と怪しい男は呟いた。
 彼は神楽坂署の根岸刑事だったのである。彼は支倉の家から荷物を運び出したと云う事を聞いた時に、小首を傾けた。夜分人知れずやるのなら兎に角、白昼車を引出しては人目を惹くのは知れた事、直ぐに送先を嗅ぎ出される位の事は支倉は知
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