どっちも三十には少し間のある位の若者に過ぎないのだった。然し、今度の事件は兎に角石子が主として調べ上げたのだし、彼は云わば助手の位置にいたのだから、不承々々承知した。
「宜しい。僕はこの角から表門と勝手口とを見張っているから、しっかりやって来給え」
石子は渡辺が内心不平なのを察していたが、今の彼はそんな事を省みていられない位、初陣の功名と云ったような気が燃えていた。彼は驀《まっしぐら》に目指す家に近づいた。
古くはあるが見上げるような太い門柱と、植込みの繁っている中庭の奥から鳥渡姿を見せている堂々たる玄関が、意気揚々としていた彼の心を少し暗くした。門標に筆太に書かれている支倉喜平と云う四字が威圧するように彼の眼を射った。
彼の目指す家の主人は宣教師である。相当学識もあり社会的地位も高い。聖書会社から聖書を盗み出したと云う忌わしい嫌疑で、彼に神楽坂署まで同行を求めて行くのであるが、もし彼がその犯人でなかったら、彼に対する気の毒さと自分の面目をどうしよう。いや彼が犯人であると云う事は確実であると信じているが、もし同行を拒んだらどうしたものだろうか。彼の大胆な遣口《やりくち》を見ると、
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