きっと素直に出頭に応じないに違いない。こんな考えで石子刑事の頭は暫く占領された。
 岸本青年の依頼を受けると、石子刑事は翌日神田神保町の書店を訪ね歩いた。二、三の書店で、彼は問題の卸元で未だ市場に出さない聖書が販売されている事を確めて、其出所を調べると、支倉喜平という宣教師の手からである事が分った。彼は支倉の容貌の特徴など委《くわ》しく聞いた上、直ぐに横浜へ向った。
 途々《みち/\》彼は考えた。盗まれた書籍の量は相当大きいから、到底手などで提げられるものではない。必ず車で運び出したものに違いないとすると停車場の車を利用したと見るべきであろう。然し、彼等は口留をされているかも知れないから、先《ま》ず聖書会社の附近でそれとなく聞いて見るが好い。そう思った彼は桜木町の駅から真直に山下町の日米聖書会社に向った。
 会社の直ぐ筋向うに一軒の車宿《くるまやど》があったので、それとなく聞いて見ると、通常こう云う所では後のかゝり合いになるのを恐れて、容易に口を開かないものであるが、意外にも輓子《ひきこ》達は口を揃えて進んで事実を話して呉れた。
 彼等の云う所によると、殆ど日曜毎に宣教師風の男が駅の車
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