ん》の印《しるし》さえ覚えていないのだ。只提灯は確になかったと云うから、そう遠くへは運び出したとは思われぬ。
「何か覚えていませんか。一寸した事でも好いんですが」
石子は一生懸命に聞いた。
「何でも好いんです。何か目印になるようなものはありませんでしたか」
女中は泣出しそうな顔になってじっと考えて居たが、やがて細い声で切々《きれ/″\》に答えた。
「半纏の背中が字でなくって赤い絵のようなものが描いてありました。背の低いずんぐり肥った人でした」
「どっちの方から来てどっちへ行きましたか」
「来たのは大崎の方からでした。行ったのはあっちです」
女中は市内の方を指し示した。
「仕方がない、大崎方面の運送屋を片端から調べよう。未だ帰っていないかも知れないが」
石子は渡辺刑事の方を向いて云った。
二人は別れ/\に運送店を物色し始めた。
大崎駅附近を受持った石子刑事は、取り敢ず一軒の大きな運送店に這入った。
「僕はこう云うものですがね」
石子は肩書つきの名刺を出しながら、
「今日三光町の方へ車を出さなかったかね」
せっせと荷造りをしながらわい/\騒いでいた人夫達はピタリと話を止める
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