苦を征服し、世を呪い人を呪って生きつゞけた、忍苦と生存慾とを思うと、その執念の恐ろしさに戦慄を禁じ得ないと共に、一個の人間としての彼の悩みに転《うた》た同情を濺《そゝ》がざるを得ない。
 さて、裁判長の訊問は次で聖書の窃盗から放火の事実に進み、一転して貞子の事件に這入った。
 支倉は裁判長の訊問に連れて、例の如く、貞子には決して暴行を加えたのではなく、合意の上であって、彼女が病院に通う途中に待受け連れ出したる事実はないと断言した。裁判長は更に追究すると、支倉は、
「高輪警察署で書類を隠されて居ますし、神戸に書き送った手紙も出して呉れませんから、分りません」
 と嘯《うそぶ》きながら答えた。
「では」
 裁判長はキッとなって云った。
「その書類がないので弁明出来ないと云うのか」
 裁判長のこの弁明出来ないのかと云う問は支倉に余程応えたと見え、彼は忽ち叫んだ。
「そうではありません。弁明が出来ないと云う訳ではありません。では申上げます」
 公判の劈頭に書類を能く読んでいないからと拗《す》ねて答弁を渋った支倉は、こゝに於て恰《あたか》も堤の切れた洪水の如く、滔々数千言、記憶が薄らいだどころか
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