事とが喚問せられる事になったから、彼等をあくまで追求して、前後矛盾の答弁でもあったら、直ちに突ッ込んで局面を有利に転回せしめようと手ぐすね引いて待ち構えていた。
支倉は相変らず諸方へ脅迫状を送り、殊に庄司署長、石子刑事あたりへその主力を傾倒した。
鳥渡申述べて置くが、支倉が未決数年に亘り、どうして裁判其他の費用を捻出したかと云う問題だ。他の事は分らぬが、相当多額に達したであろうと思われる郵便代などは、諸方へ嫌味な手紙を出してねだったものだ。
一例を挙げると、神戸牧師夫人の所へなどは度々次のようなはがきが飛び込んで来た。
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「甚だ申兼ねた御願いですが、これなるハガキ着次第どうぞ御封筒の中に三銭切手百枚御入れ御送りの上、自分出獄まで御貸与いたゞけますよう御願いいたします。如何折返し何れの御返事を願います」
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こう云う風な嫌がらせの手紙で金品を強請された人は外にある事と思われる。
さて大正十一年六月七日、第十二回公判は裁判長以下成規の判官の下に、能勢氏他二、三の弁護人、特別弁護人として木藤救世軍士官が控えて、物々しく開かれた。この公判に
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